国際税務分野における生成AI活用の先進事例 2024-25(海外版)

生成AIは我々にとって黒船か救世主か!?
はじめに
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)は、税務専門家や企業が国際税務を扱う方法を変えつつあります。税務分野におけるテクノロジー導入は歴史的に慎重でしたが、その流れは加速しています。2024年の調査によれば、生成AIを「組織全体で」利用している税務ファームは約10%にとどまる一方で、多くの組織が試験的導入を進めており、そのインパクトについては前向きに評価しています。実際、生成AIを既に利用中または利用予定と回答した企業のうち、主なユースケースとしては、税務リサーチ(84%)、申告書作成(69%)、アドバイザリー業務(67%)などが挙げられています。
多国籍企業(MNE)は、コンプライアンスの効率化やリスク削減(例:追徴課税・ペナルティの回避)のためのツールとしてAIを位置づけており、一方で税務当局側も、ハイリスクな申告を抽出するためのAI活用を進めています。以下では、国際税務の主要領域において、生成AI/LLMが現在どのように活用されているか、また今後どのように活用し得るかについて、2024年時点の米国・欧州・その他OECD諸国を中心とした事例とともに整理します。
国際税務分野にAIが浸透する領域とは
移転価格文書化支援
移転価格のコンプライアンス、とりわけマスターファイル、ローカルファイル、CbCR等の移転価格文書化業務は、国際税務の中でも最も工数のかかる業務の一つです。生成AIは、この負荷を大きく軽減し得る領域として注目されています。例えばKPMGは、生成AIが移転価格文書化のドラフティングを自動化し、従来は多大な人手を要していた機能分析、業界リサーチ、比較対象企業のベンチマーキング等のかなりの部分を担えると指摘しています。AIは財務データと定性的情報の双方を解析し、税務チームであれば数週間かかるような包括的レポートを短時間で作成することが可能です。
さらに、AIツールは文書の「品質」と「一貫性」の向上にも寄与します。PwCは、AI駆動のワークフローにより、社内の関連者間契約、既存の移転価格レポート、税務当局との往復書簡など大量の文書をレビューし、共通する論点の抽出や記載の不整合の検出が可能であるとしています。これにより、すべての文書で一貫したストーリーが語られるよう調整しやすくなります。こうしたインサイトをもとに、税務チームはより精緻で整合性の取れたナラティブを作成でき、その結果、複数国の当局の検証に耐えうるマスターファイルおよびローカルファイルを作成しやすくなります。
また、税務訴訟や税務調査の局面においても、生成AIは過去の文書ややり取りをレビューし、初期的な回答案や論点整理を行うことで専門家の作業の「たたき台」を提示することができます。総じて、移転価格関連業務にAIを活用することで、コンプライアンス業務を効率化しつつ、専門家はより付加価値の高い分析や戦略立案に時間を振り向けられるようになると見込まれています。
BEPS対応とOECD文書化要件
OECDのBEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクト、特にアクション13によって、マスターファイル・ローカルファイル・国別報告書(CbCR)といった厳格な文書化要件が導入されました。生成AIは、これらのコンプライアンス要件を満たすうえで有力なツールとして浮上しています。
AIシステムは、ERP、法人台帳、人事システムなどの分散したデータソースを取り込み、OECDガイドラインに準拠した国別報告書や各国ローカルファイルを自動生成することが可能です。ここには、数値情報のみならず、必要とされるナラティブ(事業概要、バリューチェーン、無形資産の管理・開発・保有状況の説明など)のドラフティングも含まれます。重要なのは、AIがマスターファイル、各国ローカルファイル、CbCRの三者間で数値およびナラティブの整合性を検証し、ストーリー全体の整合性を確保しやすくなる点であり、これはよりハイレベルの視点から見たBEPS文書化の主要な目的の一つです。
文書作成に加えて、生成AIは報告データ内の異常値やリスク領域の検出にも貢献します。高度なツールは、グループ内取引データをスキャンし、独立企業間基準(Arm’s length standard)から乖離している可能性のある利益率や配分を特定し、最終的な報告書提出前に問題箇所を網羅的に創作・発見し、アラートすることができるでしょう。また、無形資産の保有形態、費用配分、契約条件を国・法人ごとに横断的に照合するモデルを導入すれば、価値創造に見合った利益配分となっているか(BEPSの重要論点)を簡易的にチェックすることも可能です。
実務では、AIによって各国のCbCR内のデータを用いて機械学習を用いてパターンを学習した特化型AIで分析し、国際的に見て「不自然」と評価され得る利益水準や税負担の偏りを事前に可視化する例も出始めています。税務当局側も同様に分析ツールを用いてBEPSリスクの高い案件を抽出しつつあることから、企業側もAIを活用した「セルフレビュー」によってOECD基準への適合性を高めようとする動きが拡大すると見込まれます。
将来的には、OECDや各国の新たなガイダンス・法令改正をリアルタイムで取り込み、グローバルな税務ポジションと文書化を継続的にモニタリング・更新するAIシステムが一般化していく可能性があります。
税務リスクの予測分析・コンプライアンスチェック・自動レビュー
総じて、AIの普及は、リアルタイムで税務リスク管理のあり方を「事後的な点検」から「事前的・予測的な管理」へとシフトさせつつあります。AI搭載のコンプライアンスエンジンは、取引データや税務データをリアルタイムで分析し、問題が顕在化する前にリスクのシグナルを検出します。これは、経営戦略で用いられるFP&Aの仕組みとも非常に相性がよいといえます。特に、最新の経営理論を追求するタイプのCEOやCFO組織にとって、経営戦略上の重要かつ新しい視点を提供することになると考えられます。
例えば、いくつかの会計アプリに組み込まれた特化型AIを用いることで、機械学習モデルが各取引や法人単位に対して動的なリスクスコアを付与し、頻繁な手修正や過去パターンからの乖離など「異常な振る舞い」を示す領域をハイライト表示することが可能になります。また、グループ内債権残高の不一致、特定費用の急増、例外的に大きい控除・免税、あるいは法人識別情報の不整合などを自動的に検出し、エラーや攻撃的な税務ポジションの兆候を早期にあぶり出すことができます。さらに、企業の申告内容を過年度や同業他社と比較し、実効税率などの指標が業界水準から大きく乖離していないかを分析することも可能です。これにより、税務調査の対象となりやすいリスクを事前に把握し、対応策を先回りして検討することができるようになっています。
コンプライアンスの観点では、生成AIは絶えず変化する法令・ガイダンスを追跡し、それらが企業の税額計算や申告に適切に反映されているかを自動的にチェックする「常時稼働のアナリスト」として機能します。Thomson Reutersは、生成AIが税制改正の動向をモニタリングし、企業の財務・税務実務が常に最新の規制と整合しているかを確認する上で有用であると指摘しています。
実務的には、AIシステムが申告書や添付明細、支援資料をスキャンし、記載漏れや不整合を検出したり、複雑な申告内容を要約したりと人間のレビューに供する「自動レビュー機能」として利用され始めています。一部のファームでは、LLMを用いて申告書の誤りや見落としの可能性を指摘させ、それを人間の専門家が最終判断する「人+AI」のレビュー体制を試行している例もあります。
また、世界各国の税務当局もAIによる執行強化を進めており、たとえば米国IRSは、パートナーシップや国際税務の領域における監査対象案件の抽出にAIを利用し始めています。今後は、企業側の税務部門においても、日常的な照合作業や形式チェックはAIが実施し、税務専門家はその結果の解釈、例外対応、経営へのアドバイスに集中する「協働モデル」が主流になると考えられます。これにより、コンプライアンスサイクルの短縮、人的エラーの削減、そして予測的・データドリブンな税務機能への進化が期待されます。
多言語税務文書の生成・翻訳
国際税務の実務では、日本子会社の税務チームと英語圏のアドバイザーとのコミュニケーション、各国税務当局の通達や裁決の翻訳など、複数言語にまたがる情報伝達が不可避です。生成AIは、こうした言語ギャップを埋めるツールとして非常に有効です。
最新のLLMは本質的に多言語対応であり、税務分野の専門用語を含む文書についても、高い精度で翻訳・生成できるようになってきています。たとえば、企業内の財務・税務データに基づき英語で作成したレポート(CbCRや移転価格ローカルファイル等)から、同時に日本語でのコンプライアンス説明文書や社内向けサマリーを生成させる、といった活用が可能です。AIを適切に設定すれば、ターゲット言語ごとに、現地の税務実務で用いられる技術用語や表現に合わせてアウトプットを調整させることができ、各国の税務チームや当局に対して、それぞれの言語で誤解の少ない情報提供やフィードバックが行えます。
法律・税務分野におけるAI翻訳の実例として、日本の法令英訳プロジェクトがあります。日本の法務省は、AIを活用した法令翻訳システムを導入し、日本語の法律・政令・規則などを英語に翻訳するプロセスの高速化を図っています。これらのテキストは高度に専門的な用語を含み、従来はすべて人手で翻訳されていたため、新法制定から英訳の公表までに2年以上を要することも珍しくありませんでした。
しかし、2024年に実施されたToshiba製AIエンジンの実証実験では、草案翻訳のプロセスを数週間レベルまで大幅に短縮しつつ、法的に要求される水準の正確性と自然な英語表現を満たせることが示されました。この成功を受けて、日本の各省庁は、法令テキストの英訳更新にAI翻訳エンジンを本格的に活用し始めています。
この事例は、複雑な規制文書の翻訳においてAIが大きな効率化をもたらし得ることを示しており、その延長線上で、税務専門家も税務フォーム、ガイダンス、クライアント向けアドバイス文書などの多言語翻訳に同様の技術を活用することへの可能性が広がり始めています。近い将来には、AIベースの翻訳・コンテンツ生成プラットフォームがグローバル税務部門の標準ツールとなり、詳細な税務助言や文書を瞬時に他言語へ変換したり、AIチャットボットやバーチャルアシスタントを介してリアルタイムの多言語対話を行ったり、といったプラクティスが一般的になると想定されます。こうした動向を適宜キャッチアップしながら活用することにより、国・地域をまたぐ税務コミュニケーションにおける理解不足や誤解が減少し、各国税務チーム間や当局との協議をより円滑に進められるようになることが期待されています。
結論
生成AIは、複雑さ・膨大なボリューム・多言語対応といった国際税務固有の課題に対しても、ゲームチェンジャーとなりつつあります。2024年時点で先進的な税務チームはすでに、移転価格文書化の自動化、BEPS報告要求への対応、税務リスクの予測と軽減、多言語での税務コンテンツ生成・翻訳といった領域でAIを活用し始めています。これらの取り組みは、業界レポートや事例研究の蓄積によって裏付けられつつあり、同時に、人間の専門家が戦略分析や経営アドバイスといった置き換え困難な領域により多くの時間を割けるようにする効果ももたらしています。
一方で、AI活用にあたっては、規制要件やステークホルダーの信頼に応えるため、データプライバシー、正確性、説明可能性といった観点からのガバナンス体制が不可欠です。今後は、リアルタイムで税務ポジションを更新するシステム、AI支援による税務プランニングのシナリオ分析、税務当局側でのAI監視の高度化など、生成AIの応用範囲はさらに拡大していくと考えられます。
総じて言えば、2025年時点では、生成AIは発展途上段階にあり、まだハルシネーション問題といった特有の課題を解決する必要があるとはいえ、生成AIはすでに国際税務分野の実務において具体的なメリットをもたらし始めており、その役割は今後一層拡大すると見込まれます。企業においても、生成AIの導入率は急速に高まっており、コンプライアンスとコミュニケーションを変革しており、税務機能の企業内での戦略的価値を高める方向に作用していくことが予想されます。
出典(英語・一部抜粋)
KPMG (2025), GenAI Revolutionizes Transfer Pricing and Valuation
PwC (2025), Navigating the Shift: AI in Transfer Pricing
Savant Labs (2023), How AI Is Changing Tax Compliance and Reporting
Thomson Reuters (2024), Overcoming Generative AI Risks within Tax
Aprio (2025), AI and the Future of Transfer Pricing: Risks and Opportunities
Toshiba Digital Solutions (2024), AI Translation of Japanese Laws and Regulations
Thomson Reuters Institute (2024), Generative AI in Tax Firms – Survey Report
International Tax Review / KPMG (2025), The Smart Tax Function: Leveraging Generative AI
