新年のご挨拶:「生成AIの台頭が2026年以降の国際課税に及ぼす影響」

新年あけましておめでとうございます。2026年の幕開けを迎え、企業の管理部門で国際税務の荒波に立ち向かう実務家の皆様に、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

2026年の幕開けにあたり考えた所をブログに一筆したためました。昨年、2025年は国際課税の前提条件を根底から揺るがすような「地殻変動」が相次いだ1年でした。本稿では、これらの変動を振り返りつつ、急速な進化を遂げた生成AIの台頭が、移転価格を中心とする国際税務の実務に今後いかなる影響を及ぼしつつあるのかを考察します。そして2026年、私たちは人類が未だ経験したことのない「未知の領域」の中で国際課税の新たな構造的課題と対峙することになる可能性が高まっています。

目次

2025年の転換点:多国間協調の動揺と当局の「AI武装化」

2025年の国際税務を巡る環境の変化を特徴づけた出来事は、以下の3点に集約されると考えられます。

第一に、OECD「2つの柱」の実効性に対する疑義の顕在化です。米国トランプ政権の発足に伴う大統領令は、多国間合意への姿勢転換と、自国企業への域外適用に対する対抗措置を示唆しました。結果として、EU諸国が米国のPillar 2(グローバル最低税率)カーブアウトに対して妥協を余儀なくされるなど、制度運用は導入国と非導入国の「二極化」という不安定な状態に陥っています[^1]。

第二に、税務当局によるAI活用の劇的な深化です。企業のAI活用に先行し、税務当局側の「AI武装化」が顕著な実績を上げ始めました。日本の国税庁は、AIによる調査選定システムをフル活用し、2024事務年度の所得税調査において統計開始以降最高額となる約1,400億円の追徴税額を記録しました[^2]。AIが申告漏れのパターンを学習し、効率的に高リスク事案を抽出する体制が確立されたことで、2026年からは、「AI対AI」を意識した税務調査対応も重要視される時代になりそうです。

第三に、関税政策の戦略的活用とサプライチェーンの再編です。ユニバーサル・タリフ(普遍的関税)構想は、輸入価格設定の妥当性評価に新たな複雑性をもたらしました。高関税を回避するための価格調整が、移転価格上の独立企業間価格の検証と衝突するケースが増加しており、企業は法人税と関税の両面から、グループ内の利益配分戦略を根本的に再構築することを余儀なくされています。貿易戦争や外交問題は本来は国際政治フィールドの議論ですが、近年は各国の経済政策に直接反映されるケースが急増しており、今後の移転価格ポリシーや文書化の場面で、地政学的リスクにもフォーカスを当てた議論が不可避になってくる可能性があります。

2026年の焦点:「AIエージェント」がもたらす機能分析の限界

既にここ1~2年で地殻変動の萌芽が見られていましたが、2026年以降において注視すべき最大のテーマは、従来の生成AIの急速な知能的進化とそれを超える「AIエージェント(Agentic AI)」の台頭になりそうです。

2024年から2025年にかけて、生成AIの急速な知能面での進化と社会的普及には目覚ましいものがありました。それでも、生成AIは基本的にコンテンツの生成に留まっていましたが、これに対し「AIエージェント」は、自律的に目標を設定し、サプライチェーンの交渉や調達、財務分析といった多段階タスクを人間の介入なしに実行することが出来るようになるとされています[^3]。これにより、移転価格実務対応上の核心である「機能・リスク分析」はかつてない困難に直面することが予想されます。

1. 伝統的課題としての比較可能性の限界と判断の困難化

筆者は2023年、一橋大学大学院の吉村正穂教授のご指導のもと、BEPSプロジェクト後も移転価格に残された伝統的課題が高度にデジタル化された取引においてどのような実務的課題を生じているかについて実証的に検証した論文を執筆しました[^6]。当該研究の主眼は、BEPSプロジェクト後の新秩序においてなお残存する、無形資産に関する評価や取引を巡る税務上の空白地帯や不確実性を解明することにありました。特に、独立企業間原則(ALP)の根幹を成す「比較可能性の判断」においては根源的な問題があり移転価格税制の宿命的な課題となっていました。

生成AIの時代において、その難易度が指数関数的に高まっています。従来のデータベース検索に基づく外部比較対象取引(External Comparables)の選定は、個別の独自のデータセットと膨大なパラメータによって構築された「唯一無二」のAIモデルの前では、事実上無効化されつつあるからです。AIモデルは継続的な学習により「特注(bespoke)」の性質を帯びるため、外部に信頼できる比較対象取引(Comparables)を見つけることが極めて困難です. これに対し、新たな実務的解決策として、リスク調整後のコストベース・マークアップやIP評価モデルを組み合わせた「シンセティック・ベンチマーク(Synthetic Benchmarking:合成指標)」の構築が提案されています[^4]。

2. DEMPE分析の「断片化」による実行可能性への疑義

2013年にBEPS Action 8-10報告書で導入されたDEMPE(開発、改良、維持、保護、使用)分析は、人間による意思決定を前提としています。しかし、AIエージェントが国境を越えて自律的に意思決定を行う場合、機能は断片化し、誰が「重要なリスク管理(Control over Risk)」を実質的に担っているかの特定は困難になるでしょう[^5]。

現在、DEMPEのフレームワークを考慮する移転価格実務においては、従来よりも更に踏み込んだ機能リスク分析が求められるケースがあります。すなわち、アルゴリズムを自律的に実行する「AIの機能」と、それを高所から管理・監督する「人間のガバナンス機能」を税務上いかに峻別するか、という極めて困難かつ実務的な問いです。例えば、高度な意思決定を行うAIエージェントがサーバー上の仮想空間に存在する一方で、そのモデルに制約条件(Guardrails)を課し、異常時にオーバーライド(介入)する権限を持つ経営陣やエンジニアがグループ内の拠点に点在する場合、付加価値の源泉をどちらの拠点に重く置くべきでしょうか。かつて私が論文で提示したデジタル取引の課題は、今やアルゴリズムの制御権や緊急停止権を保持する機能が所在する国へ、AIが創出した「超過利益(Residual Profit)」をどのようなロジックに正当性を持たせて帰属させるべきかという、現実的かつ新たな利益配分ロジックの構築の必要性まで拡張的進化を遂げています。

これは、移転価格上の独立企業間価格算定方法を単に変更するというレベルの話に留まるものではありません。上記のとおり、AIエージェントは、企業の意思決定プロセスやガバナンス構造そのものの在り方を再定義する可能性があります。従って、それに応じた移転価格上の利益配分ロジックの正当性を構築できるのか、あるいは、CFC税制対応において適用除外要件に該当するか否かの判断を税務当局に対して如何に証明しうるのか(逆に、税務当局側はどのように判断すべきなのか)等、新たな思考プロセスや法整備の検討が断続的に必要となる状況に他ならないのです。

解決策の模索:寄与度ベースの利益分割法とCCA

最近触れたいくつかの論文の中で気づいたのですが、こうした既存の移転価格税制上の手法の限界に対し、従来の移転価格税制の枠内で解決しようとする2つのアプローチが選択肢として浮上していました。

一つは、寄与度ベースの利益分割法(Contribution-based Profit Splits)の適用です。これは、従来の取引単位営業利益法(TNMM)では捉えきれない、AI特有の動的な価値創造プロセスに焦点を当てた手法です。具体的には、AIのライフサイクルにおける「高品質なデータの収集・ラベリング」「基盤モデルの開発」「特定市場へのファインチューニング」といった各段階の貢献度を、単なるコスト合算ではなく、データ量や品質、投入された高度エンジニアリング工数、さらには学習に投じられた計算リソースの寄与といった多角的な指標に基づいて数値化し、それに応じてグループ全体の利益を配分します。これにより、従来「ルーチン機能」として低く見積もられがちだった市場国側のデータ提供やカスタマイズ作業が、AI全体の収益性に与える真の寄与度を、より公平かつ客観的に反映させることが可能になるとされています[^7]。

もう一つは、費用分担契約(CCA: Cost Contribution Arrangements)の再評価です。AIツールや学習済みモデルを単なる一時的な「ソフトウェア」ではなく、継続的な巨額投資と頻繁な更新を要する「戦略的無形資産」と定義し、グループ内でその開発コストとリスク、それから将来享受すべき便益を事前に合理的な基準で配分しておく枠組みです。例えば、膨大な計算リソースを要する基盤モデルの開発において、事後的なライセンス料(ロイヤリティ)設定を巡る当局との紛争を回避するため、各拠点が初期段階から開発資金やエンジニアリング資源を出し合い、成果物に対する経済的な持ち分をあらかじめ確定させるアプローチが注目されています。これは、AI開発における「重要なリスク管理(Control over Risk)」の所在を契約面で明確化し、将来的な利益の不確実性に対する「事前の合意」として機能します。開発プロセスがブラックボックス化しがちなAIプロジェクトにおいて、CCAは税務当局に対する透明性を担保し、DEMPE機能の帰属を巡る恣意的な解釈を排除するための強力な防波堤となり得るとの見解があります[^8]。

これらのアプローチについては、今後いずれかの機会で理論実務の両観点から議論の深堀りをしたいと考えています。

結びに代えて:富を分かち合うシステムを求めて

2016年頃に「ポケモンGO」を題材にした議論で、各国のユーザー行動データが価値の源泉となり、それゆえ各国に税収を配分すべきだというピラー1の議論の源流とも近い問題意識が示されたことがありました。それから10年を経た2026年、AIが自律的に富を創出する世界で私たちは再び同じ問いに直面しています。「データこそが価値の源泉か、それともデータの活用法(アルゴリズム)こそが価値の源泉か」。市場国と資本国では、おそらく半永久的に真正面から主張が対立しそうな論点でもあります。

生成AIとAIエージェントが生み出すであろう巨大な富の偏在が生じつつある世界で、それを国家間で分かち合うか再配分するためのシステムを我々はどのように構築し維持することができるのでしょうか?果たして既存の「税」や独立企業間原則(ALP)の枠組みだけでその重責を負い続けることができるのでしょうか。あるいは、国際政治が主導する全く新しい枠組みが必要なのでしょうか。

この正解の見えない問いに向き合い、新たな価値創造に対応した税務戦略を模索する 1 年にしたいと考えています。
本年も iTPS をどうぞよろしくお願い申し上げます。

参考文献

[^1]: Sholli, S. (2025, December 22). A taxing week: Trump’s pillar two deal won’t save the project. International Tax Review. https://www.internationaltaxreview.com/article/2e0w3y4z5x6/direct-tax/a-taxing-week-trumps-pillar-two-deal-wont-save-the-project
[^2]: 遠藤克博. (2025). [全文公開] Topics Plus No.10 国税庁でもAIによる調査選定が進む!…調査事案選定の視点. 月刊 国際税務, 2025年12月号. https://www.zeiken.co.jp/news/26996387.php
[^3]: Jain, A. K. (2025). When Machines Create Value: Rethinking Transfer Pricing for AI-Driven Economies. International Journal for Research in Applied Science and Engineering Technology (IJRASET), 13(7), 1618–1626. https://doi.org/10.22214/ijraset.2025.73236
[^4]: Jain, A. K. (2025). Supra note 3.
[^5]: Jain, A. K. (2025). Supra note 3.
[^6]: 塩川嘉久. (2023). BEPSプロジェクト後の移転価格税制の現在地と伝統的課題に関する研究 : 高度にデジタル化された取引の観点から [博士論文, 一橋大学]. Hermes-IR. https://doi.org/10.15057/80906
[^7]: Jain, A. K. (2025). Supra note 3.
[^8]: 片山知絵. (2025). 国際課税制度における無形資産の研究―デジタル変革に伴う提言―. 租税資料館賞受賞論文集, 33. https://www.sozeishiryokan.or.jp/x_core/uploads/ronbun_2025_06.pdf

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この記事を書いた人

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