経営学の読書_Vol.1:『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み-危機のときに必ず業績が飛躍的に伸びるのはなぜか?』を読んでFP&Aの世界に触れる①

なぜアイリスオーヤマは「いかなる時代環境でも利益を出せる」のか?-FP&A 12の原則で読み解くー

目次

はじめに

「いかなる時代環境でも利益を出す」——これは、アイリスオーヤマ株式会社の企業理念の第1条に掲げられた言葉である。実際、同社はリーマンショック、東日本大震災、コロナ禍といった危機的状況において、むしろ業績を伸ばしてきた。2020年度にはマスクの国内生産を開始し、需要急増に対応。その背景には、単なる運や勘ではなく、再現可能な「仕組み」がある。

本稿では、大山健太郎会長の著書『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(日経BP社、2024年文庫版)で紹介される経営手法を、グローバルなベストプラクティスである「FP&A(Financial Planning & Analysis)の12の原則」という理論的枠組みで分析する。

この分析を通じて明らかになるのは、アイリスオーヤマの強さは偶然ではなく、世界標準の経営管理手法を自社流にアレンジし、徹底的に実践してきた結果だということだ。


FP&Aとは何か?

FP&A(Financial Planning & Analysis)は、企業の戦略を具体的な数値計画に落とし込み、将来の意思決定を支援する経営管理の中枢機能である。CFOやコントローラーの直下に置かれることが多く、予算編成、業績予測、経営分析、投資意思決定支援などを担う。

米国管理会計士協会(IMA: Institute of Management Accountants)は、734社への調査結果に基づき、業績が良い企業のFP&Aが実践している「効果的なFP&Aプロセスの12の原則」を策定した(Serven, 2017)。これらの原則は、以下の3つのカテゴリーに分類される。

A. 基本原則(5つの原則)

戦略立案から実行、モニタリング、是正措置までの基本サイクル

B. アカウンタビリティの原則(3つの原則)

全社目標の現場への落とし込みと、責任・報酬の連動

C. 高度な原則(4つの原則)

ビジネスドライバーの特定とKPI管理の高度化

これらの原則は、単なる財務管理の手法ではなく、「戦略」と「財務」と「現場のアクション」を一つのシステムとして接続するための設計思想である。


FP&A 12の原則:詳細解説

A. 基本原則(原則1〜5)

原則1:戦略的な中長期計画の策定

企業はミッション、ビジョンに基づき、外部・内部環境分析を経て戦略計画を策定し、それを具体的なイニシアチブ(取り組み)へと変換する。予算や予測は、単なる数値の積み上げではなく、組織が掲げる長期的戦略目標と論理的に連結していなければならない。

アイリスオーヤマでの実践: 同社では、「いかなる時代環境でも利益を出す」という経営理念の実現のため、「ユーザーイン」(買う人ではなく使う人にフォーカスする)という基本戦略を掲げる。さらに、「売上高に占める新製品(発売3年以内)比率50%以上」という明確なKPIを設定している。これは戦略を具体的な数値目標へと変換した好例であり、組織全体の方向性を示すとともに「新陳代謝」を促進する機能を果たしている。

原則2:必要な資源を特定し年度予算に組み込む

特定されたプロジェクトを実行するためには、資金や人材などの経営資源を特定し、それを予算配分に反映させなければならない。

アイリスオーヤマでの実践: 「経常利益の50%を設備などの投資に回す」という明確な資源配分ルールを持っている。これは投資意思決定プロセスの究極的な簡素化であり、環境変化を待つのではなく自ら市場を創造するための仕組みである。

原則3:業務活動と財務目標の因果関係を理解しモニターする

業務上の活動(アクション)が財務数値に与える因果関係を理解し、その進捗を継続的に監視する必要がある。財務指標という「結果」を追うのではなく、それを変動させる本質的な要因(ドライバー)を数式化し、因果関係を把握することが重要である。

アイリスオーヤマでの実践: 「新商品開発会議」では、販売予測、想定原価、投資回収などのシミュレーションが徹底的に議論される。これは業務活動と財務成果の因果関係を、組織全体で理解し共有するための仕組みである。

原則4:差異発生理由を迅速にビジネスの側面から明確にする

単なる数字の差異分析にとどまらず、その背後にあるビジネス上の根本原因(Why)を迅速かつ自信を持って説明できなければならない。

アイリスオーヤマでの実践: 全部署が参加するプレゼン会議において必ず議事録を取り、課題に対する解決策を誰がいつまでにやるかを明確にし、次回の会議で結果を発表させる。差異が生じた際の要因分析と是正措置が一体化した仕組みである。

原則5:乖離が発生した場合、是正措置を講じる

目標と実績にギャップが生じた際、単に報告するだけでなく、軌道修正のための具体的なアクション(是正措置)を実行に移すことがFP&Aの役割である。

アイリスオーヤマでの実践: 大山会長は「PDCAの要所はACTIONにある」と明言している。計画(Plan)や実行(Do)で止まらず、確実に改善(Action)まで回す仕組みこそが、同社の競争力の源泉である。


B. アカウンタビリティの原則(原則6〜8)

原則6:全社目標を現場レベルの具体的目標に変換する

組織の目標をブレークダウンし、個々の従業員が理解・実行可能なレベルまで落とし込むことが求められる。これは管理会計における責任会計制度の考え方に基づく。

アイリスオーヤマでの実践: 開発担当者が製品の企画から発売後3年間の損益まで一貫して責任を持つ「CHOICE 14」の仕組みがある。利益管理を営業や事業部長任せにせず、開発者自身が原価計算を行い、P/L責任まで一貫して負う。

原則7:財務目標の達成責任を明確にし報酬と連動させる

財務目標の達成責任者を明確にし、その成果をインセンティブ(報酬)と連動させることで、当事者意識(アカウンタビリティ)を高める。

アイリスオーヤマでの実践: 開発担当者による利益管理の仕組みは、原則7(財務目標への責任)および原則8(業務目標への責任)を極めて高いレベルで統合した事例である。開発者が「良いものを作る」だけでなく「利益を出す」ことにコミットする仕組みは、部門間の壁を取り払い、全社最適の視点を持たせる。

原則8:業務目標の達成責任を明確にし報酬と連動させる

財務指標だけでなく、顧客満足度や品質などの業務(非財務)指標についても責任を明確にし、報酬と連動させる。

アイリスオーヤマでの実践: 「ユーザーイン」の思想は、顧客価値創造という業務目標を全社的に共有するものである。「買う人」ではなく「使う人」にフォーカスするという姿勢は、非財務指標としての顧客満足を重視する経営の表れである。


C. 高度な原則(原則9〜12)

原則9:ビジネスドライバーを特定しKPIを設定する

結果としての財務数値ではなく、将来の成果を左右する先行指標(ドライバー)を特定し、KPIとして設定する。

アイリスオーヤマでの実践: 「新製品売上比率50%以上」というKPIは、単なる業績指標ではなく、企業の新陳代謝を促すドライバーとして機能している。このKPIが組織全体のイノベーション行動を駆動させている。

原則10:KPIに対し長期的・短期的目標を設定する

KPIに対し、単年度だけでなく長期的な視点での目標値を設定し、現状とのギャップを埋める道筋を描く。

アイリスオーヤマでの実践: 同社はROAやROEといった短期的な資本効率指標を重視せず、大山氏も長期利益を追求する上で目先の資本効率は邪魔と言い切る。「工場の稼働率を7割に抑える」といった目先の効率を犠牲にしてでも、将来のチャンスを掴むための「余裕」に投資する姿勢である。

原則11:KPI達成のために取り組みやプロジェクトを立ち上げる

設定されたKPIを達成するための具体的な戦略的イニシアチブやプロジェクトを策定する。

アイリスオーヤマでの実践: 「伴走方式」は、商品開発、知的財産、応用研究、品質管理、生産技術といった各部署の作業を同時並行で行う。これにより新商品発売までの期間を他社の2倍の速さで実現している。

原則12:KPIの結果をモニターし報酬と連動させる

KPIの達成度をモニタリングし、その結果を報酬制度に反映させることで、戦略実行の動機付けを行う。

アイリスオーヤマでの実践: 週次の「新商品開発会議」において、開発商品の売上・利益進捗が継続的にモニタリングされる。このリアルタイムでのフィードバックが、組織全体の学習と改善を促進している。


アイリスオーヤマの書籍とFP&A原則の対応関係

大山会長の著書では、15個の「CHOICE」として具体的な経営施策が紹介されている。これらは書籍の5つの章に対応しており、FP&Aの各原則とも密接に関連している。

章とCHOICEの対応:

  • 第1章『製品開発力』:CHOICE 2〜4
  • 第2章『市場創造力』:CHOICE 5〜6
  • 第3章『瞬発対応力』:CHOICE 7〜10
  • 第4章『組織活性力』:CHOICE 11〜13
  • 第5章『利益管理力』:CHOICE 14

これらのCHOICEは、FP&Aの各原則と1対1で対応するのではなく、複数の原則にまたがって機能している。例えば:

CHOICE 14(開発担当者の利益管理):

  • 原則6(全社目標の現場への変換)
  • 原則7(財務目標への責任)
  • 原則8(業務目標への責任) のすべてに関連

CHOICE 4(新商品開発会議):

  • 原則3(業務と財務の因果関係理解)
  • 原則4(差異理由の明確化)
  • 原則12(KPIのモニタリング) に関連

このような複雑な対応関係こそが、アイリスオーヤマの経営システムの高度さを示している。


他業界への応用可能性:キャラクターIPビジネスを例に

FP&Aの12原則は、製造業だけでなく、様々な業界に応用可能である。ここでは、エンターテインメント業界のIPビジネスを例に、応用可能性を考察する。

原則1の応用:IPの経済的価値最大化

キャラクターIPビジネスにおいて、真の戦略目標は「IPの経済的価値の最大化と延命(LTV最大化)」にある。ディズニーやポケモンのように世代を超えて愛されるブランドを構築するためには、3〜5年スパンのアニメ化、映画化、商品化のロードマップと、それを支える短期的な制作・マーケティングプロジェクトとの連携が不可欠である。

原則3の応用:非財務指標の重要性

売上の先行指標は財務諸表には現れない。YouTubeの再生数、SNSのインプレッション、ファンアートの投稿数、アプリのDAU(Day Active Users)やダウンロード数といった非財務指標こそが、購買意欲(Conversion)のドライバーとなる。こうした「ファンの熱量」を示すIPビジネス特有の先行指標を定義し、財務成果との因果関係をモデル化することが、利益予測の精度を決定づける。

原則9の応用:IPビジネスのドライバー

IPビジネスにおけるドライバーは、「認知度」「好意度」「購入意向」などのマーケティングファネル指標に加え、「メディアミックスの展開数」や「パートナー企業との契約数」などが考えられる。これらを特定し、財務モデルに組み込む必要がある。


まとめ:FP&Aの本質とは

アイリスオーヤマの経営実践を、FP&Aの12原則という理論的枠組みで分析した結果、同社の強さは以下の3点に集約される。

  1. 戦略と財務と現場の接続:抽象的な理念から具体的なKPI、そして現場のアクションまでが一本の線でつながっている
  2. ドライバー起点の管理:結果としての財務数値ではなく、それを生み出すビジネスドライバーを徹底的に管理している
  3. 是正措置の実行:分析で終わらせず、必ず具体的なアクションまで落とし込む仕組みがある

FP&Aの12原則は、単なる財務管理の手法ではない。それは、不確実な時代においても組織が持続的に価値を創造するための、包括的な経営管理の設計思想である。

次回は、この12の原則だけでは説明しきれない、アイリスオーヤマのもう一つの強み——「対話的統制システム」について詳しく見ていく。週次で開催される「新商品開発会議」が、なぜ同社の競争力の源泉となっているのか。その理論的背景と実践のポイントを解説する。


【次回予告】
第2回「週次会議が生む競争力:対話的統制システムという武器」


参考文献

  • 大山健太郎 (2024)『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み-危機のときに必ず業績が飛躍的に伸びるのはなぜか?』(文庫版)日経BP社
  • Serven, L. (2017). 12 Principles of Best Practice FP&A. Strategic Finance, 99(5), 32-41.
  • 石橋善一郎 (2024)『最先端の経営管理を実践するFP&Aハンドブック』中央経済社

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この記事を書いた人

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