経営学の読書_Vol.2:『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み-危機のときに必ず業績が飛躍的に伸びるのはなぜか?』を読んでFP&Aの世界に触れる②
対話的統制システムという武器:アイリスオーヤマの週次会議が生みだす競争力とは
前回のおさらい
前回は、アイリスオーヤマの経営手法を「FP&Aの12原則」という理論的枠組みで分析した。戦略と財務と現場のアクションを一本の線でつなぐこと、結果ではなくドライバーを管理すること、そして分析で終わらせず是正措置を実行することが、同社の強さの源泉であることを確認した。
しかし、FP&Aの12原則だけでは、アイリスオーヤマの強さをすべて説明することはできない。なぜなら、これらの原則の多く(特に原則1〜5)は、基本的に「診断型統制(Diagnostic Control)」——つまり、計画と実績の差異をチェックし、例外事項に対処する——という性格を持つからだ。
では、急激な市場変化や想定外の事態に直面したとき、企業はどのように対処すべきなのか?答えは、ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・サイモンズ(Robert Simons)が提唱した「対話的統制システム(Interactive Control Systems)」にある。
本稿では、この理論的枠組みを解説し、アイリスオーヤマがいかにしてそれを実践しているかを明らかにする。
対話的統制システムとは何か?
診断型統制の限界
従来型の経営管理は、主に「診断型統制(Diagnostic Control Systems)」に依存してきた。これは、予め設定した計画や予算に対し、実績が計画通りに推移しているかを監視し、乖離が生じた場合のみ対処する「例外によるマネジメント」である。
この手法は、環境が安定しており、計画時の前提が大きく変わらない場合には有効である。しかし、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)と称される現代の経営環境では、計画時の前提そのものが急速に陳腐化する。「計画通りに実行する」ことよりも、「計画を柔軟に修正する」ことの方が重要になる。
対話的統制システムの定義
対話的統制システムは、サイモンズが1995年の著書『Levers of Control』において提唱した「4つのコントロール・レバー」の一つである。このシステムは、組織が直面する「戦略的不確実性」に対処するために、経営トップが自ら関与し、組織構成員との頻繁な対話を通じて、創発的な戦略修正を図る仕組みである。
サイモンズによれば、情報システムが対話的統制システムとして機能するためには、以下の4つの要件を満たす必要がある。
- トップの継続的関与:経営トップが繰り返し注意を向け、重要な議題として取り上げる
- 定例的かつ頻繁な対面対話:組織のあらゆるレベルのマネジャーが、頻繁かつ定期的にフェイス・トゥ・フェイスで議論する
- 戦略的不確実性への焦点:市場変化、技術革新、競合の動きなど、戦略を左右する不確実性に焦点を絞る
- 仮説・前提への挑戦:現状の仮説や前提をオープンに議論し、継続的に検証・修正する
診断型統制が「例外によるマネジメント(目標からの乖離のみに着目)」を目的とするのに対し、対話型統制は「意思決定」と「学習」を促進し、市場の変化に応じた戦略の調整・変更を目的としている。
アイリスオーヤマの「新商品開発会議」:対話的統制の実践
週次会議という仕組み
アイリスオーヤマの心臓部とされるのが、毎週月曜日に開催される「新商品開発会議」である。この会議には、大山会長自らが出席し、その場で決裁を行う。参加者は、開発、営業、生産、品質管理など、各部門の責任者である。
この会議の特徴は、単なる情報共有の場ではなく、徹底的な議論と即時の意思決定が行われる点にある。開発担当者は、新商品の企画書をプレゼンし、販売予測、想定原価、投資回収計画などを説明する。そこで、大山会長や他の参加者から厳しい質問が投げかけられる。
「本当にこの商品は売れるのか?」
「ユーザーの目線で考えているか?」
「競合との差別化ポイントはどこか?」
このような対話を経て、その場で「Go / No Go」の判断が下される。承認された企画は即座に実行に移され、却下された企画は再検討される。
対話的統制の4要件との適合性
アイリスオーヤマの新商品開発会議を、サイモンズの4要件に照らして検証してみよう。
1. トップの継続的関与:✓ 完全に満たす
大山会長自らが毎週出席し、最終決裁を行う。経営トップが継続的に関与することで、会議の重要性が組織全体に伝わり、参加者の緊張感も高まる。
2. 定例的かつ頻繁な対面対話:✓ 完全に満たす
週次という高頻度で開催され、必ず対面(フェイス・トゥ・フェイス)で行われる。リモート会議ではなく、同じ空気を共有することで、微妙なニュアンスや熱量まで伝わる。
3. 戦略的不確実性への焦点:✓ 完全に満たす
「どの商品が売れるか」という戦略的不確実性に焦点を絞っている。市場のトレンド、消費者の嗜好、競合の動きなど、予測困難な要素について議論する。
4. 仮説・前提への挑戦:✓ 完全に満たす
開発担当者の提案に対し、大山会長や他の参加者が「なぜその価格設定なのか」「本当にその販売予測は妥当か」と厳しく問いかける。このプロセスを通じて、当初の仮説が検証され、必要に応じて修正される。
ITTのハロルド・ジェニーンとの類似性
対話的統制システムの古典的な事例として、ITT(International Telephone & Telegraph)のハロルド・ジェニーン(Harold Geneen)が1960年代に実施した月次会議がしばしば引用される。ジェニーンは、世界中の事業部門長を本社に集め、徹底的に業績を議論した。その会議は時に深夜まで続き、データに基づく厳しい質問が飛び交ったという。
アイリスオーヤマの新商品開発会議も、本質的には同じ構造を持つ。異なるのは、ITTが「既存事業の業績管理」に焦点を当てたのに対し、アイリスオーヤマは「新商品開発」という不確実性の高い領域に焦点を当てている点である。
この違いは重要である。なぜなら、新商品開発こそが、アイリスオーヤマの成長エンジンだからだ。「売上高に占める新製品(発売3年以内)比率50%以上」というKPIが示すように、同社は常に新しい市場を開拓し続けなければならない。そのためには、新商品のアイデアを創発し、迅速に意思決定するメカニズムが不可欠である。
対話的統制がもたらす3つの効果
効果1:意思決定のスピードアップ
従来型の組織では、新商品の企画が承認されるまでに、複数の階層を経由し、数週間から数ヶ月を要することも珍しくない。各階層で稟議書が回覧され、修正が求められ、再提出される。
アイリスオーヤマでは、週次会議で即座に決裁が下される。これにより、市場機会を逃さず、競合に先んじて商品を投入できる。「伴走方式」と呼ばれる並行開発手法と組み合わせることで、商品化までの期間を他社の2倍の速さで実現している。
効果2:組織学習の促進
対話的統制は、単なる意思決定の場ではない。それは、組織全体が学習する場でもある。
開発担当者は、自分の企画がなぜ承認されたのか、あるいはなぜ却下されたのかを、その場で理解できる。成功事例と失敗事例が共有され、次回の企画に活かされる。大山会長が繰り返す「ユーザーの目線で考えろ」というメッセージも、対話を通じて組織文化として定着していく。
この学習ループが短周期で回ることで、組織の能力が向上し、市場適応力が高まる。
効果3:創発的戦略の形成
対話的統制の最も重要な効果は、「創発的戦略(Emergent Strategy)」の形成である。
経営学者ヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg)が指摘するように、実際の戦略は、トップダウンで計画されたもの(意図的戦略)だけでなく、現場の試行錯誤から生まれるもの(創発的戦略)も含む。アイリスオーヤマの週次会議は、この創発的戦略を生み出す装置として機能している。
例えば、COVID-19パンデミック時のマスク生産という戦略的転換は、事前に計画されていたものではない。しかし、週次会議という対話の場があったからこそ、「今こそマスクを国内生産すべきだ」という提案が迅速に議論され、実行に移された。
他業界への応用:対話的統制の設計ポイント
対話的統制システムは、アイリスオーヤマのような製造業だけでなく、あらゆる業界に応用可能である。ただし、効果的に機能させるためには、いくつかの設計ポイントがある。
ポイント1:戦略的不確実性の特定
対話的統制は、すべての業務に適用すべきではない。焦点を絞るべきは、戦略的不確実性——すなわち、将来の成否を左右する不確実な要素——である。
製造業の例:
- 「どの新商品が売れるか?」(アイリスオーヤマ)
- 「どの技術に投資すべきか?」(R&D集約型企業)
IPビジネスの例:
- 「どのコンテンツがヒットするか?」
- 「どのプラットフォームで展開すべきか?」
金融業の例:
- 「どの市場リスクが顕在化するか?」
- 「規制環境はどう変化するか?」
ポイント2:会議体の設計
対話的統制を実現する会議体は、以下の要素を備えるべきである。
頻度: 月次以上(週次が理想)。年次や四半期では遅すぎる。
参加者: 経営トップ + 関連部門の責任者。階層をスキップして現場の担当者が直接説明する機会も設ける。
議題: 戦略的不確実性に焦点を絞る。定型的な業績報告は別の場で行う。
時間配分: 議論に十分な時間を割く。情報共有だけなら、会議は不要。
意思決定権限: その場で決裁できる権限を持つ人物が参加する。
ポイント3:対話を促進する仕組み
単に会議を開くだけでは、対話は生まれない。以下のような工夫が必要である。
データの共有: 参加者全員が同じデータを見られるようにする。アイリスオーヤマでは「ICジャーナル」という情報共有ツールを使用。
オープンな議論の文化: 役職に関係なく、疑問を投げかけられる雰囲気を作る。「ヒットしたら担当者の手柄、失敗したら議長の責任」という文化も重要。
継続的なフォロー: 会議で決まったことを議事録に残し、次回の会議で進捗を確認する。PDCAのActionまで確実に回す。
診断型統制と対話型統制の使い分け
重要なのは、診断型統制と対話型統制は相反するものではなく、補完的であるということだ。
診断型統制が適している領域:
- 既存事業の業績管理
- 定型的なオペレーション
- 法令順守(コンプライアンス)
対話型統制が適している領域:
- 新規事業開発
- 戦略的投資の意思決定
- 市場変化への対応
アイリスオーヤマも、すべてを週次会議で決めているわけではない。日常的な業務は、既存の管理システム(診断型統制)で回している。しかし、戦略的不確実性が高い新商品開発については、対話型統制を適用している。
この使い分けこそが、効果的な経営管理のポイントである。
IPビジネスにおける対話的統制の適用
エンターテインメント業界は、技術革新(AI、3D等)や消費者の嗜好変化が激しく、「どのコンテンツがヒットするか」は事前に予測困難である。したがって、戦略的不確実性が極めて高い。
この業界で対話的統制を実践するとすれば、以下のような形が考えられる。
「コンテンツ開発会議」の設計
頻度: 隔週または月次
参加者: 経営陣 + プロデューサー + クリエイティブディレクター + マーケティング責任者
議題:
- 開発中のゲームや映像作品の試作レビュー
- ユーザー体験(UX)のフィードバック
- 競合IPの動向分析
- メディアミックス戦略の検討
意思決定事項:
- 追加投資の可否
- リリース時期の調整
- プロモーション戦略の変更
留意点:クリエイティブとの両立
ただし、IPビジネスには独特の難しさがある。一人の天才的クリエイターが周囲の反対を押し切って制作したコンテンツが大ヒットする事例も多いからだ。
対話的統制を導入する場合は、クリエイティブの自律性とのバランスを慎重に設計する必要がある。例えば:
- 企画段階では対話的統制を適用するが、制作段階ではクリエイターに裁量を与える
- 「ユーザー視点」を問いかけるが、具体的な表現方法には介入しない
- 失敗を許容する文化(「失敗したら議長の責任」)を徹底する
まとめ:対話が生み出す組織の適応力
アイリスオーヤマの強さは、FP&Aの12原則という「計画と管理の仕組み」だけでなく、対話的統制という「学習と適応の仕組み」を持っている点にある。
週次の新商品開発会議は、単なる報告の場ではない。それは:
- 意思決定を加速する装置
- 組織学習を促進する場
- 創発的戦略を生み出すプラットフォーム
として機能している。
不確実性の高い時代において、事前に完璧な計画を立てることは不可能である。むしろ重要なのは、変化を素早く察知し、仮説を検証し、戦略を柔軟に修正する能力である。対話的統制システムは、まさにその能力を組織に埋め込むための仕組みなのだ。
次回は、FP&Aの原則6〜8(アカウンタビリティの原則)が持つ限界と、それに対する批判的検討として提唱されている「脱予算経営(Beyond Budgeting)」について解説する。固定的な予算目標が組織にもたらす弊害と、それを克服するための新しい経営モデルを探る。
【次回予告】
第3回「予算に縛られない経営:脱予算経営という選択肢」
参考文献
- Simons, R. (1995). Levers of Control: How Managers Use Innovative Control Systems to Drive Strategic Renewal. Harvard Business School Press.(中村元一他訳『ハーバード流「21世紀経営」4つのコントロール・レバー』産能大学出版部, 1998年)
- 大山健太郎 (2024)『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(文庫版)日経BP社
- Mintzberg, H. (1987). Crafting Strategy. Harvard Business Review, July-August, 66-75.
【連載】アイリスオーヤマに学ぶ次世代経営管理
第1回:なぜアイリスオーヤマは「いかなる時代環境でも利益を出せる」のか?
第2回:週次会議が生む競争力:対話的統制システムという武器(本稿)
第3回:予算に縛られない経営:脱予算経営という選択肢(次回)
第4回:3つの理論を統合する:未来志向の経営管理システム設計
