経営学の読書_Vol.4:『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み-危機のときに必ず業績が飛躍的に伸びるのはなぜか?』を読んでFP&Aの世界に触れる④

3つのFP&A理論を統合する:未来志向の経営管理システム設計とは

目次

連載の総括

本連載では、アイリスオーヤマの経営手法を、3つの理論的枠組みで分析してきた。

第1回:FP&Aの12原則
戦略と財務と現場を接続し、ドライバー起点で管理し、是正措置を確実に実行する仕組み

第2回:対話的統制システム
戦略的不確実性に対処し、経営トップと現場の対話を通じて創発的戦略を生み出す仕組み

第3回:脱予算経営
固定的な予算に縛られず、目的・価値観・動的プロセスで組織を統制する仕組み

これら3つは、それぞれ独立した理論のように見えるが、実は相互に補完し合い、一つの統合されたシステムを形成している。最終回となる本稿では、この統合の構造を明らかにし、未来志向の経営管理システムを設計するための実践的な指針を提示する。


3つの理論の相互補完関係

FP&Aと対話的統制:診断型と対話型の組み合わせ

FP&Aの12原則のうち、特に原則1〜5(基本原則)は、本質的に「診断型統制(Diagnostic Control)」である。これは、計画を立て、実績をモニタリングし、差異が生じた場合に対処するというアプローチになる。

しかし、診断型統制には限界がある。計画時の前提が崩れたとき、あるいは戦略そのものを見直すべきとき、診断型統制だけでは対応できない。ここで必要になるのが、アクティブかつ機動的な「対話的統制(Interactive Control)」だ。

この2つのコントロールシステムは、FP&Aのインターフェース(原則4および原則5)で統合されている。アイリスオーヤマの週次会議は、まさにこのインターフェースとして機能している。詳しい統合の構造は下記のとおりである。

統合の構造

FP&Aの原則1〜5は、計画→実行→モニタリング→差異→是正という流れで業績を管理する「診断型統制(Diagnostic Control)」として機能する。一方で、環境変化によって前提が崩れたり、そもそも戦略の再設計が必要になった局面では、診断型統制だけでは手当てしきれない。ここで必要になるのが「対話的統制(Interactive Control)」であり、トップが継続的に関与し、頻繁な対話を通じて、戦略的不確実性に焦点を当てながら前提を揺さぶり、学習と意思決定を促す仕組みである。

この2つを“統合システム”として成立させる接続点が、原則4・5である。

  • 原則4(差異のビジネス理由の特定)は、診断ループが検知した「数字のズレ」や「KPIの異常」を、原因仮説・論点・意思決定オプションに翻訳し、対話ループ(週次会議等)で議論できる“議題”に仕立てる役割を担う。差異分析は単なる比較ではなく、なぜ起きたかを事業面で説明可能にすることが要諦である。
  • 原則5(是正措置)は、対話ループで下された意思決定(戦略修正・優先順位変更・資源再配分)を、具体的アクション(誰が・何を・いつまでに)へ落とし込み、診断ループ側の計画・予測・実行管理に戻して“実行”を駆動する役割を担う。遅れが見えたときにコース修正する俊敏性がポイントである。

アイリスオーヤマの週次会議は、この「翻訳(P4)→意思決定→実行への落とし込み(P5)」を制度化したインターフェースとして機能している。日常のモニタリングで検知された差異や市場機会を、週次で経営トップが議題として扱い、その場で戦略修正や資源再配分を決め、即時に実行フェーズ(部隊)に返す。結果として、診断型統制の“精度”と、対話的統制の“適応力”が、短周期で連結される。

FP&Aと脱予算経営:固定目標への批判的検討

FP&Aの原則6〜8(アカウンタビリティの原則)は、「全社目標を現場に変換し、責任を明確にし、報酬と連動させる」というアプローチである。これは一見合理的だが、固定的な目標設定に基づく場合、前回見たような弊害(政治的駆け引き、期末の数字合わせ、顧客軽視)を引き起こす。

脱予算経営は、この問題への批判的検討として登場した。固定的な予算契約ではなく、目的・価値観・相対評価・動的プロセスによって組織を統制する。

統合の構造:

  • FP&Aの原則6〜8:アカウンタビリティの明確化(責任と報酬の連動)
  • 脱予算経営の原則1〜6:固定目標の弊害を克服(目的・価値観による統制)
  • 脱予算経営の原則7〜12:動的なプロセス設計(ローリング予測、相対評価)

重要なのは、脱予算経営は「責任を曖昧にする」ことではない。むしろ、より本質的な責任——「顧客価値の創造」「長期的な企業価値の向上」——を明確にするのである。

3つの理論が生み出す4つの特徴

アイリスオーヤマの経営システムは、これら3つの理論を統合することで、以下の4つの特徴を生み出している。

特徴1:未来志向

過去の財務数値の管理(バックミラー)ではなく、将来の市場創造と生存(フロントガラス)に焦点を当てる。

  • FP&Aの原則9〜11:ドライバーとKPIによる先行管理
  • 対話的統制:市場変化の早期察知と戦略修正
  • 脱予算経営の原則9:ローリング・フォーキャスト(常に未来を見る)

特徴2:動的資源配分

固定的な予算や効率性指標に縛られず、機会損失を防ぐための「余裕」と「投資」に資源を配分する。

  • FP&Aの原則2:必要な資源の特定と配分
  • 対話的統制:週次会議での迅速な資源再配分
  • 脱予算経営の原則10:必要に応じた動的資源配分

アイリスオーヤマの「稼働率7割ルール」は、この典型例である。短期的には非効率だが、需要急増時に即座に増産できるため、長期的には機会損失を防ぎ、利益を最大化する。

特徴3:徹底した当事者意識

開発者がP/L責任を持つことで、財務目標と業務アクションの因果関係を明確にする。

  • FP&Aの原則6〜8:全社目標の現場への変換と責任の明確化
  • 対話的統制:経営トップとの直接対話による当事者意識の醸成
  • 脱予算経営の原則4・5:自律性の尊重とアカウント責任

特徴4:行動のドライブ

分析で終わらせず、会議体(仕組み)を通じて具体的なアクションと軌道修正を確実に駆動させる。

  • FP&Aの原則5:是正措置の実行
  • 対話的統制:その場での意思決定と即座の実行
  • 脱予算経営の原則11:学習と発展のための評価

アイリスオーヤマの統合モデル:メーカーベンダーとSSoT

これら3つの理論が統合されたシステムを支えるのが、アイリスオーヤマ独自の「メーカーベンダー」モデルである。

メーカーベンダーとは

メーカーベンダーとは、製造業の機能と卸売業の機能を垂直統合したビジネスモデルである。同社は自社で製品を製造するだけでなく、小売店への直接販売も行う。これにより、小売の「生のデータ」を瞬時に製造・開発にフィードバックできる。

SSoT(Single Source of Truth)の実現

FP&Aが理想とする「単一の真実(SSoT)」とは、組織内のすべての関係者が、同じデータソースを見て意思決定を行うことである。データが部門ごとにバラバラで、誰もが異なる数字を見ていては、効果的な意思決定はできない。

アイリスオーヤマのメーカーベンダーモデルは、サプライチェーン全体でSSoTを実現している。開発、製造、営業、物流——すべての部門が、リアルタイムの販売データを共有し、それに基づいて行動する。

このSSoTが、週次の新商品開発会議における質の高い対話を可能にしている。参加者全員が同じデータを見ているからこそ、生産的な議論ができる。


他業界への応用:IPビジネスの統合設計

ここまで見てきた3つの理論の統合を、IPビジネスにどう応用できるか。具体的な設計案を提示する。

第1層:ドライバー型FP&Aの導入

管理単位の再定義: 製品SKU(個別商品)ではなく、「IP企画(イベント/シリーズ/プロジェクト)」を管理単位とする。

ドライバーの特定:

  • 接触量(YouTube再生数、SNSインプレッション)
  • 転換率(認知→興味→購入)
  • 継続率(リピート購入、ファンコミュニティ参加)
  • 財務結果(粗利、在庫回転、広告ROI)

これらのドライバーと財務成果を接続するモデルを構築し、ローリング予測の精度を高める。

ローリング・フォーキャストの採用: 四半期ごとに、今後4〜6四半期先を予測する。新作ゲームや映画の公開スケジュール、競合の動き、メディア露出、供給制約などの前提を短周期で更新し、予測を政治的交渉から切り離す。

第2層:対話的統制の会議体設計

「IPユーザーイン会議」の創設:

  • 頻度: 隔週または月次
  • 参加者: 経営陣、プロデューサー、クリエイティブディレクター、マーケティング責任者
  • 議題: 戦略的不確実性(どの企画が伸びるか、炎上リスク等)に焦点

会議の機能:

  • 企画提案の前提・採算・リスクを対面で議論
  • KPIダッシュボードを共通言語として使用
  • その場で意思決定(容認・見直し、追加投資、撤退等)

これにより、分析(レポーティング)と意思決定の接続が制度化され、FP&A原則5(是正措置)の実効性が高まる。

留意点:クリエイティブとの両立

  • 企画段階では対話を重視するが、制作段階ではクリエイターに裁量を与える
  • 「ユーザー視点」を問いかけるが、具体的な表現方法には介入しない
  • 失敗を許容する文化を徹底する

第3層:脱予算的な資源配分と評価

動的資源配分の実装: 年間予算の枠に閉じた配分ではなく、企画の状況に応じて資源(広告枠、制作人員、製造枠、在庫リスク枠)を配分する。

スラック(余裕)の戦略的確保: 全社的な予備リザーブを確保し、ヒットの予兆が見えた瞬間にリソースを一点集中させる。この余裕を「無駄」として排除せず、機会損失を避ける保険として位置付ける。

相対評価と長期KPI:

  • 短期の売上達成に偏らせず、相対評価(競合比較、シェア)を重視
  • チーム成果、長期KPI(ブランド健全性、ファン満足度)を組み合わせる
  • 行動の歪み(短期利益のためのIP毀損)を抑制

企業価値とは何か:ROE経営への警鐘

ここで、楠木建氏がアイリスオーヤマの著書の序文で指摘した重要な論点に触れておきたい。それは、「企業経営は何を最大化すべきなのか」という問いである。

楠木氏の答えは明確だ:「長期利益——儲けて、儲け続けること

ポイントは、「短期」ではなく「長期」の利益を追求することである。長期利益は、結局のところ、顧客の満足(顧客価値)を重視することで極大化される。企業に対価を払うのは顧客だからだ。

長期利益を稼得することで:

  1. 投資家が評価し株価(企業価値)が上がる
  2. 長期利益の留保分から、株主に配当を支払う原資(株主価値)を確保できる

ROE経営の功罪

一方、日本の上場企業の多くに見られるROE(自己資本利益率)重視の経営は、株主から預かった資本(純資産)をいかに効率的に活用し、高い利益(当期純利益)を上げたかを示す指標(ROE)を経営目標の中心に据える。

2014年の「伊藤レポート」は、「ROE8%以上」という数値目標を掲げ、日本企業に資本効率性の意識を根付かせた。しかし、次第に批判や懸念も高まってきた。

主な批判:

  1. 短期的な財務操作: ROEを高める最も簡単な方法は、分母(自己資本)を減らすこと。自社株買いで容易にROEを高められるため、将来の成長に必要な投資を削減する企業が増えた。
  2. 成長企業の阻害: 将来の成長のために投資を行う企業は、一時的にROEが低下する。トヨタのような製造業、日本電産やファーストリテイリングなどの高成長企業において、ROEが低下した例もある。
  3. 米国企業との対比: 米国企業のROEは30%が一般的だが、ROEを経営目標に掲げている企業はほとんどない。企業価値を高めるために、キャッシュフローの最大化と資本構成の最適化を意識している結果、ROEが高まっている。

日本企業の課題: ROEを8%以上にすることが第一義的な目標になっており、肝心の将来キャッシュフローの最大化(売上の拡大や長期利益の確保)に対する努力や意識面での脆弱性が感じられる。

これは、楠木氏が指摘する「長期利益」、すなわち「顧客価値の最大化」という商売の基本的原点に改めて立ち返る必要性を示している。


未来志向の経営管理システム:5つの設計原則

ここまでの議論を総合し、未来志向の経営管理システムを設計するために検討する価値がある5つの原則を提示する。

原則1:目的を明確にする

短期的な財務目標ではなく、組織の存在意義(パーパス)を明確にする。「ROE10%」ではなく、「顧客の生活を豊かにする」「業界のゲームチェンジャーになる」といった目的が、長期的な価値創造を導く。

原則2:ドライバーを特定する

結果としての財務数値ではなく、それを生み出すビジネスドライバーを特定し、管理する。製造業なら「新製品比率」、IPビジネスなら「ファンの熱量」、金融業なら「顧客生涯価値」など、業界ごとに異なる。

原則3:対話の場を制度化する

戦略的不確実性について議論する会議体を設計する。頻繁に(週次または月次)、経営トップが参加し、その場で意思決定できる仕組みを作る。

原則4:余裕を戦略的に確保する

短期的な効率を追求するのではなく、機会損失を防ぐための「余裕(スラック)」を意図的に確保する。これは無駄ではなく、変化への適応力の源泉である。

原則5:長期で評価する

単年度の予算達成ではなく、長期的な価値創造で評価する。相対評価、チーム成果、非財務指標(顧客満足、ブランド健全性)を組み合わせる。


ケーススタディ:なぜアイリスオーヤマは危機で成長するのか

最後に、これらの理論と原則が、実際の危機的状況でどのように機能したかを見てみよう。

COVID-19パンデミック:マスク国内生産への転換

2020年初頭、COVID-19が拡大し、マスクが世界的に不足した。多くの日本企業は、「マスク製造は専門外」「設備投資が無駄になる」と考え、参入しなかった。

しかし、アイリスオーヤマは違った。

FP&Aの視点:

  • ドライバーの特定:「マスク需要の急増」という市場変化を素早く察知
  • 資源配分:「経常利益の50%を投資に回す」というルールに基づき、迅速に設備投資を決定

対話的統制の視点:

  • 週次会議で、マスク生産の提案が即座に議論され、決裁された
  • 「ユーザーイン」の思想:「使う人(国民)が困っている」という視点から判断

脱予算経営の視点:

  • 固定的な予算に縛られず、新しい機会に即座に資源を再配分
  • 「稼働率7割ルール」により、既存工場に余裕があったため、一部ラインを転用できた

結果として、同社は短期間でマスクの国内生産を開始し、社会に貢献すると同時に、業績を大きく伸ばした。

これは、3つの理論が統合されたシステムが、いかに危機を機会に変えるかを示す好例である。


まとめ:経営管理の本質とは

本連載を通じて明らかになったのは、アイリスオーヤマの強さは、単一の理論や手法ではなく、複数の理論を統合し、試行錯誤しながらも高度に錬成されたその「システム」にあるということだ。

  • FP&Aの12原則:戦略と財務と現場を接続する土台
  • 対話的統制システム:戦略的不確実性への対処と組織学習
  • 脱予算経営:固定目標の弊害を克服し、動的に適応する

これらが三位一体となって、「未来志向」「動的資源配分」「徹底した当事者意識」「行動のドライブ」という4つの特徴を生み出している。

そして、これを支えるのが、「いかなる時代環境でも利益を出す」という明確な目的と、「ユーザーイン」という共有された価値観である。

経営管理の本質

経営管理の本質は、数値管理ではない。それは、組織が持続的に価値を創造するための仕組みづくりである。

  • 顧客価値を最大化する
  • 長期利益を追求する
  • 変化に適応する
  • メンバーの成長を促す

これらを実現するためには、固定的なルールや予算ではなく、目的・価値観・対話・学習を組み込んだ動的なシステムが必要である。

アイリスオーヤマの経営手法は、決して特殊なものではない。それは、グローバルなベストプラクティス(FP&A、対話的統制、脱予算経営)を、自社の文脈に合わせて統合し、徹底的に実践した結果である。

同じことは、どの業界、どの企業でも実現可能である。今の日本企業の経営層に必要なマインドとして必要なのは、理論を学び、自社の文脈で再解釈し、実践する意志である。


謝辞

本連載は、大山健太郎会長の著書『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』から多くの示唆を得た。また、FP&Aの理論については石橋善一郎氏の研究と実務書に、対話的統制についてはロバート・サイモンズの著作に、脱予算経営についてはジェレミー・ホープ、ロビン・フレーザー、ブャーテ・ボグネスの著作に多くを負っている。

これらの先達に深く感謝したい。


参考文献(連載全体)

FP&A関連:

  • Institute of Management Accountants (IMA). Key Principles of Effective Financial Planning and Analysis.
  • Serven, L. (2017). 12 Principles of Best Practice FP&A. Strategic Finance, 99(5), 32-41.
  • 石橋善一郎 (2024)『最先端の経営管理を実践するFP&Aハンドブック』中央経済社

対話的統制関連:

  • Simons, R. (1995). Levers of Control: How Managers Use Innovative Control Systems to Drive Strategic Renewal. Harvard Business School Press.

脱予算経営関連:

  • Hope, J., & Fraser, R. (2003). Beyond Budgeting: How Managers Can Break Free from the Annual Performance Trap. Harvard Business School Press.
  • Bogsnes, B. (2009). Implementing Beyond Budgeting: Unlocking the Performance Potential. Wiley.

アイリスオーヤマ関連:

  • 大山健太郎 (2024)『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(文庫版)日経BP社
  • 大山健太郎 (2016)『アイリスオーヤマの経営理念 大山健太郎 私の履歴書』日本経済新聞出版社

【連載完結】

第1回:なぜアイリスオーヤマは「いかなる時代環境でも利益を出せる」のか?-FP&Aの12原則で読み解く
第2回:週次会議が生む競争力:対話的統制システムという武器
第3回:予算に縛られない経営:脱予算経営という選択肢
第4回:3つの理論を統合する:未来志向の経営管理システム設計(本稿・完)

本シリーズはこれが最終回となります。これまでのご愛読ありがとうございました。


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この記事を書いた人

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