ベンチマーク分析の作り方:企業財務データベースで比較対象企業を選定するための基本実践ステップ

はじめに
ベンチマーク分析(コンパラサーチと呼ばれることもあります)は、データベースの検索ボタンを押せば終わる作業ではありません。検索条件の一つひとつが「なぜこの企業を比較対象とするのか」という問いへの答えであり、その積み重ねが独立企業間価格の説明力や説得力を決めます。
税務調査で問われるのも、最終的なレンジの数字そのものより、そこに至った選定のロジックです。同じデータベースを使っても、機能分析の読み込みと検索条件の設計次第で、結果は大きく変わりえます。
本稿では、企業財務データベースを使って比較対象企業を選ぶ基本ステップを、各工程の考え方とともに整理します。日本の実務については、国税庁の「移転価格事務運営要領」(以下「事務運営要領」)、その別冊「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」(以下「事例集」)、「ローカルファイル作成に当たっての例示集」(以下「例示集」)を随所で参照します。あわせて、株式会社iTPSの比較対象企業選定サービスとデータプロビジョンサービスが、どの工程を担うのかも紹介します。
事例集を参照する際の注意なお、事例集は一定の前提条件を置いた設例であり、前提が異なれば取扱いも異なり得る点に注意が必要です(事務運営要領1-3)。
ベンチマーク分析の全体像
OECD移転価格ガイドライン(パラ3.4)は、比較可能性分析の典型的な手順を9つのステップで示しています。対象年度の決定、事業環境の分析、機能分析に基づく取引の理解、内部比較対象の検討、情報源の決定、算定方法と指標の選択、比較対象候補の特定、比較可能性調整、データの解釈と独立企業間報酬の決定です。日本でも、事例集【事例1】の解説が、最も適切な方法の選定に至る比較可能性分析の流れを図で示しています。
ガイドライン自身が、この手順は一方通行ではなく、比較対象の特定に関わる工程は満足のいく結論が出るまで繰り返し得るとしています。本稿では、企業財務データベースを使う実務の流れに合わせて、これを8つの工程に再構成して解説します。
起点は機能分析であり、そこで決めた検証対象法人とPLIが検索条件の土台になります。定性スクリーニングで候補が足りなければ、検索地域や業種の設計に戻ってやり直します。
STEP 1 取引を理解し、検証対象法人を決める
ベンチマーク分析の出来には、データベースに触れる前の機能分析が大きな影響を及ぼします。機能分析は検証対象事業や取引の実態を詳らかにするとともに、その結論がそのまま後工程のスクリーニング基準にも強く反映されるからです。逆に言えば、機能分析の結論とベンチマーク分析の選定過程がマッチしていない移転価格文書は、見る人が見れば品質が低いと判断されてしまう恐れが高いということです。
事例集【事例1】の解説も、比較対象取引の選定を適切に行うには、国外関連取引の内容と比較の諸要素(措置法通達66の4(3)-3)をあらかじめ的確に把握しておく必要があるとしています。具体的には、取引の対象となる資産・役務、当事者の機能とリスク、契約条件、市場の状況、事業戦略です。
そのうえで、検証対象法人(テスト対象)を選びます。事例集は、比較可能性が十分な非関連者間取引を見いだす観点から、機能分析に基づき、より単純あるいは限定的な機能を果たす方を検証対象とすることが望ましいとしています。無形資産を保有し複雑な機能を担う側を検証対象にすると、類似した独立企業を見つけることが事実上困難になりがちなためです。
この段階で、機能分析の結論を「検索条件に落としこめるワード」にしておくのが実務のコツです。例えば、次のように整理します。
例示集は、機能とリスクを部署・人員の単位で整理する「機能に係る整理表」「リスクに係る整理表」の記載例を示しています。これをスクリーニング設計の出発点にすると、ローカルファイル全体との一貫性も保ちやすくなります。
なお、グループ内に非関連者との類似取引(内部比較対象)があれば、外部データベースより先に検討します。例示集も、まず内部比較対象取引の有無を確認し、ない場合に企業情報データベース等の外部情報源を確認する手順を示しています。
STEP 2 算定方法と利益水準指標(PLI)を選ぶ
企業財務データベースを使うベンチマーク分析は、実務上ほとんどが取引単位営業利益法(TNMM)のためのものです※1。データベースから取れるのは企業単位の財務数値であり、個別取引の価格や粗利の比較に必要な情報はまず得られないからです。
事例集【事例1】の解説は、この点をTNMMの特徴として説明しています。機能の差異は一般に販管費の水準差として表れ、営業利益の水準では一定程度均衡すると考えられます。そのためTNMMは基本三法より差異の影響を受けにくく、公開情報から比較対象を見いだせる場合が多くなる、という整理です。
TNMMでは、検証対象法人の機能に合った利益水準指標(PLI)を選びます。日本の法令がTNMMの利益指標として定めるのは次の3つで、事例集【事例6】がそれぞれの使い分けを示しています。
表は横にスクロールできます →
| 利益水準指標(PLI) | 算式 | 事例集が示す典型的な場面 |
|---|---|---|
| 売上高営業利益率 | 営業利益 ÷ 売上高 | 機能の価値が売上と関係する場合(在庫を持つ再販売会社など) |
| 総費用営業利益率 (フルコストマークアップ) | 営業利益 ÷(売上原価+販管費) | 販管費に表れない機能(製造機能など)を持つ場合(製造販売会社など) |
| 営業費用売上総利益率 (ベリー比) | 売上総利益 ÷ 販管費 | 機能の価値が販管費と関係し、製品の価値や売上に左右されない場合(仲介業者、単純な役務提供業者など) |
ベリー比は平成25年度税制改正で加えられた指標です。在庫をほとんど持たず、販管費に機能が反映される仲介型の販売会社(典型例は、口銭ビジネスを主とする商社)などに限って使えるもので、在庫リスクを負う販売会社に適用するのは不適切です。なお、米国などでは設備集約的な事業に総資産営業利益率(ROA)も用いられますが、日本の法令が列挙する3つの指標には含まれていません。
PLIの分子となる営業利益は、本業の営業活動による損益に限ります。事例集【事例6】は、受取利息・支払利息などの営業外損益や、反復性のない特別損益は一般に除外するとしています。比較対象企業の側も同じ定義でそろえる必要があります。
STEP 3 データベースと検索地域を選ぶ
どの情報源を使うかで、検索できる母集団そのものが変わります。事例集【事例1】の解説は、比較対象取引の候補の選定に用いる資料として、法人や国外関連者の取引資料(内部情報)、企業情報データベース、同業者団体等の業界情報などを例示しています。
外部情報源のうち、移転価格実務で使われるデータベースは大きく次の4つに分かれます。
グローバルな企業財務データベース
上場企業並びに非上場企業を含む世界各国の企業の財務データと事業内容を収録したもの。TNMMの比較対象企業検索の主力です
上場企業中心または非上場企業中心のデータベース
上場企業または非上場企業に特化して財務データを収録したもの。米国のSEC開示(EDGAR)をもとにしたものなど。
国別のローカルデータベース
現地向けに開示されている企業公開情報をもとにデータベース化されたもの。その国の企業が網羅的に収録されており、詳細な開示が利点です。国地域によっては、ベンチマーク分析に特定のローカルデータベースを使用するよう当局から要請されることがあります。
ロイヤルティ・契約データベース
ライセンス契約の料率などを収録したもの。主に、無形資産取引の比較対象取引の検索に使います。
例示集の記載例(例8)も、単一のデータベースだけに頼らず、業界団体の名簿や業界誌に掲載された企業、検証対象法人の競合企業のうち企業データを入手できるものを母集団に加える方法を示しています。
地域による母集団の差も押さえておきたい点です。欧州では非上場企業にも財務諸表の公開義務がある国が多く、非上場企業を含む大きな母集団から検索できます。一方、日本や米国では非上場企業の損益情報がほとんど公開されないため、上場企業が中心になります。
国ごとの開示制度の違いは、使える算定方法も左右します。事例集【事例6】は、所在国の開示制度で原価項目の記載が求められず、売上総利益率の調整に必要な情報が得られないため、再販売価格基準法ではなくTNMMを選ぶ設例を示しています。
検索地域は、検証対象法人と同じ国を優先し、比較対象が足りなければ地域(アジア太平洋、欧州など)へ広げるのが一般的な考え方です。ただし、市場の違いは比較可能性要素の一つであり、地域を広げるほど「その国の市場と同視できるか」の説明、あるいは、合理的な差異調整が必要になります。国内の比較対象を強く求める当局(中国など)もあるため、相手国の実務を確認してから設計することをお勧めします。
STEP 4 定量スクリーニングで母集団を絞る
定量スクリーニングは、データベースの検索条件で一定の数値基準を用いて機械的に候補を絞り込む工程です。数万社の母集団が、ここで数百社程度まで減ることも珍しくありません。
事例集【事例1】の解説は、スクリーニングの例を図で示しています。業種分類コードで候補を抽出し、規模、研究開発費・広告宣伝費の比率、輸出売上高の比率、棚卸資産の保有高の比率という定量的基準で順に除外し、最後に定性的基準で絞り込む流れです。これに実務で一般的な基準を加えると、次のように整理できます。
表は横にスクロールできます →
| 基準 | 目的 | 設定の一例 |
|---|---|---|
| 産業分類コード | 機能の近い業種に限定する | NACE Rev.2、US SIC、NAICSなどで対象業種を指定 |
| 独立性 | 関連者間取引の影響を受けた企業を除く | 一定割合(例:50%)以上を保有する株主がいない企業に限定 |
| データの有無と年数 | 複数年で比較できるようにする | 直近3事業年度の財務データがそろう企業 |
| 規模事例集 図3 | 取引規模や事業規模の違いによる影響を除く | 売上高、総資産、従業員数の上限・下限を設定 |
| 研究開発費・広告宣伝費の比率事例集 図3 | 機能の相違や価値ある無形資産の影響を除く | 対売上比率が一定以上の企業を除外 |
| 輸出売上高の比率事例集 図3 | 販売市場の違いによる影響を除く | 総売上高に占める輸出売上の比率で絞り込む |
| 棚卸資産の保有高の比率事例集 図3 | 在庫の持ち方の違いによる影響を除く | 対売上比率で絞り込む |
| 継続的な損失 | 通常の事業状況にない企業を除く | 複数年連続で営業損失の企業を除外 |
規模から棚卸資産までの4つの基準は、事例集【事例1】の図3に挙げられている基準設定例です。独立性については、事例集【事例11】も、基本的活動のみを行う法人の選定手順の例として、関連取引の割合等から非関連者間取引と認められない法人を除外する手順を示しています。
産業分類コードは、企業の主たる事業の一面しか表していない点に注意が必要です。コードだけで機能の一致を判断するのはリスキーで、次の定性スクリーニングで必ず事業概要や活動の中身を確かめます。米国SICコードの体系は、iTPSのUS-SICコード検索ツール(日英対訳)でも確認できます。
各基準の閾値には法定の正解がありません。例示集も、選定基準とあわせて「その選定基準を設けた理由」の記載を求めています。「なぜこの数値にしたのか」を機能分析と結びつけて記録しておくことが、後の説明力を左右します。
STEP 5 定性スクリーニングで一社ずつ確かめる
定性スクリーニングは、定量で残った候補を一社ずつ読み込み、機能・リスクが本当に検証対象法人のそれらと類似しているかを判断する工程です。ベンチマーク分析の品質は、この工程の丁寧さや客観性・一貫性がいかに確保されているかに左右されることになります。
確認する情報源は、データベース上の事業概要、企業のウェブサイト、年次報告書などです。事例集【事例1】の図3は、定量的分析に馴染まない点の基準として、事業戦略の違い、取扱製品の違い、事業を遂行する機能の違いを例示しています。実務では主に次の点を見ます。
- 主たる事業が、検証対象法人の機能と一致しているか
- 製品・サービスの性質、顧客層、取引形態が大きく異ならないか
- 自社ブランドや独自技術など、検証対象法人にない無形資産を持っていないか
- 期中に大規模な事業再編、買収、事業の売却がなかったか
Accept/Rejectの判断の結果は、「マトリクス」として一社ごとに記録した資料にまとめます。例示集でも、補足資料として母集団の法人リストと「選定除外法人リスト(法人名及び除外理由を明示)」を挙げています。却下理由を「比較不能」の一言で済ませず、「自社ブランド製品の製造販売が主で、受託製造ではない」のように具体的に明記しておくことが重要です。税務調査では、この記録が選定の正当性・客観性を説明する根拠になります。
定性で候補が少なくなりすぎた場合は、Step 3・4に戻り、検索地域や産業分類を広げて再検索します。前提として、ベンチマーク分析は必ずしも一方通行の作業ではありません。時には、これらのステップを行き来しながら各情報の検証を進め、繰り返し信頼性を高めていくことが想定されています。
AIツールの使いどころ
定性スクリーニングは、多言語の事業概要やウェブサイトを大量に読む作業であり、AIツールが最も効果を発揮する工程の一つです。iTPSでも、独自のAIツールを使ってStep 5における候補企業の事業内容の要約・翻訳や一次仕分け(類似性の判定を含む)を効率化しています。必要に応じて、公開情報から特定の企業に関する情報をソース元情報と合わせて追加・補足することができます。
- AI事業内容の要約・翻訳、一次仕分け
- 専門家採否と却下理由をレビュー・判断
- 成果物根拠・理由・検討過程を証左として記録
ただし、AIが出力するのはあくまでも文字情報としての判断材料です。AIの一次判定をそのまま採否に使うのは、「ヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-Loop)」の考え方にも反します。そこで、iTPSでは最終的な採否と却下理由は経験豊かな専門家がレビューと判断を改めて実施し、その根拠・理由・検討過程等をご提供する各種成果物やレポート等に証左として残すようにしています。
STEP 6 差異調整は「信頼性が上がるときだけ」行う
選定した比較対象企業と検証対象法人の間に、利益率に影響する差異が残る場合は、差異調整を検討します。ただし、調整は「比較の信頼性を高める場合」に限って行うものであり、数字を動かすための手段ではありません。
事務運営要領4-4は、差異の調整は、その差異が「通常の利益率等の算定に影響を及ぼすことが客観的に明らかである場合」に行うとしています。同項は、貿易条件、決済条件、数量割引、費用で測定できる機能・リスクの差異を、調整方法の例として挙げています。
TNMMで代表的なのは運転資本調整です。事例集【事例10】の解説は、売掛金・買掛金・棚卸資産の対売上高比率の差に、市場金利等の運用利回りを乗じて利益指標に加減算する方法を例示しています。同時に、運転資本の差が利益指標に影響するかは明確でない場合が多いため、常に機械的に行うのではなく、影響を十分検討するよう求めています。
また、事務運営要領4-11は、TNMMでは基本三法の適用に係る差異の調整ができない非関連者間取引であっても比較対象として選べる場合があるとしています。ただし、主たる機能が異なる場合は、通常は利益率に影響する差異になるとも注記しています。つまり、ここは移転価格実務上の特徴的な取扱いの根拠規定でもあるのですが、主たる機能以外の補助的な機能に多少の差異があっても、「当該差異が影響を及ぼすことが客観的に明らかでない場合」には、主たる機能の比較可能性が認められれば比較対象取引として選定できる余地があるのです。
差異調整の扱いは国地域によっても異なります。中国の国家税務総局公告2017年第6号第26条は、来料加工の場合を除き、運転資本の差による利益差は調整しないと定めています。相手国が中国であれば、運転資本調整を前提にしたレンジは通らない可能性が高いと考えるべきです。なお、日本企業側を検証対象とする場合、運転資本調整に用いる金利が他の国・地域と比較して相当に低い期間が長く続いたため、近年は運転資本調整を実施するケースはさほど多くありません。ただし、日本も2024年以降は金利の上昇局面に入っているため、今後は運転資本調整計算における金利の影響が大きくなる可能性があります。
STEP 7 レンジを算定し、検証対象法人の位置を確かめる
最後に、比較対象企業の利益率から独立企業間レンジを算定し、検証対象法人の利益率がその中に入るかを確かめます。
まず、比較する年度の考え方を確認しておきましょう。日本では単年度ごとの検証が基本です。需要の変化や製品のライフサイクルで価格が大きく変動し、単年度の情報だけでは適切でない場合に、前後の合理的な期間の平均値等を基礎に検討します(事務運営要領3-2(2))。事例集【事例27】は、比較対象企業も同じ需要サイクルの下にあれば、同じ時期の財務データを使う限り単年度ごとに算定すればよいとしています。複数年度のデータを使う場合は、その合理性の説明が求められます(例示集2号イ)。
レンジの取り方と、外れたときの調整点は国ごとに異なります。相手国の当局がどの基準で見るかを、分析の設計段階から意識しておきたいところです。
表は横にスクロールできます →
| 国・基準 | レンジの考え方 | レンジ外のときの調整点 |
|---|---|---|
| 日本 | 比較可能性が十分な比較対象が複数あれば、その利益率が形成する幅(フルレンジ)の中は課税対象外(措置法通達66の4(3)-4、事例集【事例1】解説5) | 原則は平均値。中央値など分布に応じた合理的な値があればその値(事務運営要領4-8) |
| 日本 (定量化困難な差異がある場合) | 影響が軽微と認められれば、4以上の比較対象の調整済割合の25〜75パーセンタイル(四分位レンジ)で判断(事務運営要領4-4注・4-5・4-6、措置法施行規則22条の10) | 中央値 |
| 中国 | 算術平均・加重平均・四分位法などから選択し、各年度ごとに検証(国家税務総局公告2017年第6号第25条) | 四分位法では、中央値を下回れば原則として中央値以上に調整 |
| 米国 | 比較可能性が高くない場合は四分位レンジ(財務省規則§1.482-1(e)) | 中央値 |
| OECDガイドライン | 比較可能性の欠陥が残る場合、四分位レンジ等の統計的手法で信頼性を高め得る(パラ3.57) | レンジ内の点。欠陥が残る場合は中央値など中心傾向の値(パラ3.60〜3.62) |
四分位レンジの計算方法について、事例集と例示集は、移転価格実務で通常用いられる「Excel方式」と「IRS方式」のいずれでも算定できるとしています。どちらを使ったかは、計算過程とあわせて記録しておきます。
注意したいのは、四分位レンジが比較可能性の低さを帳消しにする道具ではないことです。事例集【事例10】は、中央値による調整は差異調整の一環であり、求められる比較可能性の要件まで緩めるものではないと明記しています。
中国の「中央値ルール」もう一つ押さえておきたいのが、中国の「中央値ルール」の重さです。四分位レンジの下限近くで着地させる設計は、日本では説明できても、中国では中央値までの調整を受けるリスクがあります。
STEP 8 選定プロセスを記録し、定期的に更新する
ベンチマーク分析は、結果である独立企業間レンジだけでなく、その結果に至った過程(プロセス)を第三者(特に、調査官)が再現できる形で文書上に記録として書き残すことで初めて完成します。例示集は、外部比較対象取引を選定した場合に必要な情報として、選定過程、選定基準、選定基準を設けた理由、選定時期などを挙げています。ローカルファイルには、少なくとも次の内容を記録しておきましょう。
- 使用したデータベース名・バージョン・データ抽出日(基本的には、分析時点で利用可能な最新の情報・データを使用します)
- 検索した国・地域(地域の場合はその地域を選択した理由)
- 母集団の法人リスト、定量スクリーニングの各基準・閾値とその理由、各段階で残った企業数
- 定性スクリーニングの結果(選定除外法人リストと個社ごとの具体的な除外理由)
- 採用した比較対象企業の事業概要と分析対象期間の財務データ
- 差異調整の内容と計算過程
- レンジの算定方法(利益水準指標の選定理由・四分位の計算方式を含む)、検証対象法人の利益率との比較を通じた分析結果(結論)
更新のサイクルについて、例示集は、比較対象取引の選定と情報の更新は毎年行うことが望ましいとしつつ、事業の状況が変わらない場合は選定を3年ごとに見直すことで差し支えないとしています。OECDガイドライン(パラ5.38)も、データベース検索のやり直しは3年ごと、比較対象企業の財務データは毎年更新する運用を示しています。
比較対象企業の財務データを更新する
データベース検索をやり直し、選定を見直す(事業の状況が変わらない場合)
事業再編や機能・リスクの重要な変更があった年度は、3年を待たずに全体を更新する
一方で、事業再編や機能・リスクなどに重要な変更があった年度に対しては、3年を待たずにベンチマーク分析全体を更新することが求められます。Step 1で整備した機能・リスク関係や関連者間契約上の取引条件が変われば、Step 2における判断やStep 3以降のスクリーニング条件自体が変わりうるためです。
記録が不十分な場合のリスク比較対象企業の選定過程に関する記録が適切に文書化されていない場合の影響も小さくありません。税務調査でローカルファイルの提示を求められた場合、45日を超えない範囲で指定された期日までに提示がなければ、税務当局が推定課税や同業者に対する質問検査を行える要件を満たすことになります(事務運営要領3-5)。同業者から得た情報で比較対象が選ばれると、守秘義務の制約から、その中身を納税者が十分に検証したり反証したりすることが困難になることが懸念されます。そうした事態を避けるためにも、選定過程の詳細な記録と文書化は必要不可欠なものと言えるのです。
よくある落とし穴
結果を見てから比較対象を入れ替える(チェリーピッキング)
検証対象法人の利益水準がレンジに入らないからといって、合理的な理由もなく事後的に特定の比較対象企業を外すのは、非常にリスクの高い行為です。そのような恣意的な入れ替え操作をしていることは、見る人が見ればすぐに分かってしまいます。
選定基準には、客観的な基準を用いて事前に固め、後から特定の企業のみを意図的に除外したとの疑義を持たれないように選定基準や除外理由を入念に検討しその過程を移転価格文書等に記録しておくことが肝要です。
損失企業を機械的に除外する、または放置する
OECDガイドライン(パラ3.64〜3.65)は、損失を出しているというだけで比較対象から除外すべきではないとしつつ、継続的な損失は比較可能性を欠く兆候になり得るとしています。事例集【事例1】の図2も、倒産状況など、比較対象とすることが合理的と認められない特殊な状況の有無を検討要素に挙げています。
単年度の損失か、構造的な損失かを見極めて判断しましょう。
なお、中国では、単一機能の製造・販売会社は合理的な利益水準を保つべきとされています(国家税務総局公告2017年第6号第28条)。中国や一部の東南アジア諸国では、継続的な損失企業は実務上、比較対象として認めてもらえない傾向もあります。このように比較対象企業を選定する際に相手国の移転価格執行状況も加味しなければならない場合もあることに注意が必要です。
比較対象企業の数が少なすぎる
選定した比較対象企業が数社程度に留まる状況では、たとえ1社が否定されるだけでも、独立企業間レンジの数字が大きく左右されるなどの影響を受けやすくなります。日本で中央値による調整を使う場合は、4つ以上の比較対象企業(取引)を選定することが前提になっています(事務運営要領4-5・4-6)。
定性スクリーニング後に比較対象企業(取引)候補が少ない場合は、その時点で前ステップに立ち戻り、検索地域や産業分類コードを広げて母集団の数を確保する方が、少数の比較対象に依存するより分析の安定性が増す場合があります。但し、その分比較可能性が犠牲になりがちですので、検索範囲を広げても比較可能性の観点から信頼性や合理性が著しく損なわれていない、あるいは、分析上やむを得ない事情があること等を客観的に説明できるようにしておくと更に良いでしょう。
データベースの業種区分をうのみにする
NACEやSIC、NAICSといった産業分類の体系自体は公表されていますが、個々の企業にどのコードを付すかは各データベース会社の判断に委ねられており、統一された基準はありません。そのため、同一の企業でもデータベースが異なれば主要な産業分類コードも違っているという現象がしばしば見られます。
一般的には、産業分類コードはその企業の主たる事業しか表さず、その更新もタイムリーに反映されていないことがあります。たとえコード上の分類と主たる事業が整合していても、詳しく内容を読み込むと、機能・リスクの観点では全く異なると判断される企業が含まれていることも珍しくありません(例えば、製造業の産業分類コードを持つ企業でも、事業実態としては持株会社(ホールディング機能)であった等)。
経営の効率性の差、とくにAI導入による収益構造の変化を見落とす
事例集【事例1】の解説は、TNMMを検討する際、価格や売上総利益より営業利益の水準に影響しやすい要因として「経営の効率性に係る差異」に留意するよう求めています。いま、その典型になりつつあるのがAIの大規模な導入です。人件費を大幅に圧縮し、利益率が非連続的に上がっている企業が比較対象群に混入し始めています。
企業データベースにはこの特性を検知する項目がなく、定性スクリーニングの中で年次報告書上の人的資本開示などを確認するしかありません。
この論点は、現時点では喫緊の課題とまでは言えませんが、3~5年スパンで見れば、ベンチマーク分析に実質的な影響を及ぼすケースが出てくることが予想されます。
おわりに:iTPSのサービスをどう使うか
ベンチマーク分析の各工程のうち、最も手間がかかるのは機能リスク分析(Step1)、そして、最も経験やセンスを要するのが、データベースの検索設計から定性スクリーニングまでの工程(Step 3〜5)です。特に定性スクリーニング(Step 5)では、データベース上の企業概要とデータベースを補完する多言語の事業概要を一社ずつ読み込みながら、比較可能性を税務調査にも耐えうる水準で担保・検証していく作業になります。
ベンチマーク分析の最終的な結論となる「独立企業間レンジ」の算出(Step 6~7)にもスムーズに情報が流れ込むように分析ロジックをアレンジしなければ移転価格文書全体の説得力や安定性が損なわれる場合もありますので、非常に重要かつ社内リソースの負担も大きいプロセスになります。従って、このあたりの作業部分を専門家に依頼することで、効率的な社内の作業量の軽減と移転価格文書を含めた税務対応上の品質・ディフェンス力の強化に繋がるのです。
iTPSが提供する「比較対象企業選定サービス」は、上記Step 3~7をカバーするサービスになります。大規模な企業情報データベースと弊社独自のAIツールを駆使しながら、貴社の取引に合った比較対象企業を選定し、採用された分析ロジックに関する解説資料等を含めてご提案とレポートを提供致します。
データプロビジョンサービス
また、「データプロビジョンサービス」は、「比較対象企業選定サービス」の簡易版であり、上記Step 3~4のみをカバーします。取引条件に近似した比較対象候補企業群を選定し、企業概要や財務データを含め各種データを、選定プロセスと合わせてご提供致します。納品後のベンチマーク分析の年次更新にも対応しております。
なお、移転価格文書の具体的な作成や税務判断を伴う支援が必要な場合は、貴社の顧問税理士、または弊社提携の税理士・税理士法人を通じてご提供することを想定しております。比較対象企業の選定や文書化作業の進め方等に関してお困りの際は、お問い合わせフォームからお気軽にご相談ください(ご相談は無料です)。
- ※1日本国内での適用例としては限られているものの、粗利率水準を検証する原価基準法(CP法)や再販売価格基準法(RP法)を適用する目的で使用されるケースもあります。↩
